Category:銀の弾丸 2006-05-01

「人月の神話」を再び

10数年ぶりに「人月の神話」を読み返しました。この本は、ソフトウエア開発の「古典」です。作者のブルックスは、IBM 汎用機/360のOSの開発マネジャーを経験した人です。その経験を基にソフトウエア開発についての数々の興味深い考察をこの本の中で述べています。

私の読んだ「人月の神話」の版は

「F.P.Brooks,Jr.; The Mythical Man-Month, Addison-Wesley, 1975」
(ソフトウエア開発の神話,山内正弥訳,企画センター)

です。この本、今では既に絶版状態です。最近 Water-Sunlight のフォーラムで 「プログラム名言集を作ろう」というコーナーを始めた関係で、「人月の神話」を再び読む機会に恵まれた訳です。

本の状態は良好だったのですが、付箋と赤エンピツだらけでした。再読の趣旨が「この本の中からプログラミングに関する名言を探す事」だったので、付箋と赤エンピツは非常に役立ちました。10数年ぶりに読み直したとは言え、何回も読んでいる本なので、斜め読みで、2時間程度で読めました。

この本は(思った通り)名言の宝庫でした。Water-Sunlight の方でも紹介しましたが、次のような名言を探し当てる事ができました。

  1. 「遅れつつあるソフトウエア開発プロジェクトにおいては、人の増員はかえって遅れをひどくするばかりである」-- F.P.Brooks,Jr.(人月の神話;第2章)

  2. 「本論は、生産性の高い人と低い人の間には10倍以上の個人差があることを示している」 -- サックスマン,エリックソン,グラント (人月の神話;第3章)

  3. 「大きな仕事の各部分を1チームで担当し、しかも、そのチームは屠殺者チームのような構成でなく、外科医チームのような構成をとるべきである」 -- ハーレン・ミルズの提案 (人月の神話;第3章)

  4. 「全システムは統一された概念でまとめらていなけらばならない。そのためには、システム全体をトップダウンに設計できるシステム設計者が必要である」 -- F.P.Brooks,Jr.(人月の神話;第3章)

  5. 「コミュニケーションが不通になるのは、分業と専門化に原因する。組織のツリー構造は、分業と専門化が行われた場合、密接なコミュニケーションをはかろうとする意思をそこなわさせるという弊害がある」F.P.Brooks,Jr.(人月の神話;第7章)

  6. 「プログラムを作る作業は、エントロピーを減少される行為であり、本質的にこわれやすいものである」 -- F.P.Brooks,Jr.(人月の神話;第11章)

  7. 「プログラムのメンテナンスを行なうことはエントロピーを増大される行為である。これは高度な技術者がおこなったとしても、システムの修正がきかなくなる時期を遅らせるだけである」 -- F.P.Brooks,Jr.(人月の神話;第11章)

特に興味を引いたのは、最後(上(7))の名言です。システム化自体、エントロピーを減少される行為であり、自然の流れに反しています。これは分かります。しかし、メンテナンス行為がエントロピーを増加、即ち、自然と同じ流れという認識は、あまり持ちませんでした。メンテナンスもシステム化の一部と考えていました。でも、よく考えると、その通りだと思います。本書の中には次のような引用もあります。

「唯一不変なのは、変更があるということ自体である」
 スウィフト(人月の神話;第11章)

メンテナンスのエントロピー的考察は、私にとって再発見でした。再び「人月の神話」読んで良かったと思いました。皆さんも、昔読んだ古典をもう一度読み返してはどうでしょうか。経験を積んで初めて分かる再発見があるかもしれませんよ。

「エントロピー(entropy)」とは「変化」を表すギリシャ語(tropie)に由来する言葉です。熱力学で有名な物理学者クラウジウスは「変化に内在するもの」という意味をこめ、接頭に「en」を付けて「entropy」と名づけました。

「エントロピー」の日常感ある意味は「乱雑さ」とか「散らかり具合」などです。いくら整理整頓していても、放って置けば、必ず散らかります。この事を少し難しく言うと「エントロピーが増大する」となります。これは自然の流れです。宇宙的規模でエントロピーを見た場合、宇宙は混沌と荒廃に向かっています。これは自然界のエントロピーが増大し続けているからです。


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最後に蛇足を少し。最近分かった事ですが、「人月の神話」は再版されていました。しかも、「銀の弾丸」付きでした。訳本のタイトルは

「ソフトウエア開発の神話」 から 「人月の神話 - 狼人間を撃つ銀の弾はない」

に変更されていました。

この本、アマゾンのレビューはあまり良くありませんでした。でも、買ってしまいました。近々手元に到着する予定です。 果たして、どんな「訳本」なのでしょうか? 前版(ソフトウエア開発の神話,山内正弥訳,企画センター)のような迫力は再びあるのでしょうか? 期待半分、怖さ半分。読んだ感想はまた、ここで披露したいと思っています。


最終更新のRSS Last-modified: Wed, 12 May 2010 09:01:03 JST (2751d)